二度と会えないということ
うれしい話ではないのだけれども、
やっぱり、どうにかしたい気持ちのかたまりがあるから書こう。
ついこの前、わりと?それなりに?お世話になっていた方が、亡くなりました。
みなでお通夜にゆきました。
でも、よくわからないのですよ、ほんと。
突然、ほんとうに突然、亡くなったというメールを見てさ、
よくわからんままお通夜に行って、
泣いてるご遺族を見て、
お焼香して、
最後お顔を見て。
それでもよくわからない。
ん、亡くなったのか?
ていうか、亡くなるってどういうことだ?って。
もちろん頭ではわかるのよ、ああ、もう、
片手をポケットに突っ込んで、よれよれの背広着て、
なにかを踏みしめるようにわしわし歩くあの姿を商店街で見ることはないんだなぁって、
ことばではわかるけど、
気持ちがついてこないというか。
ほんまかいな、っていう。
ん、もう会えないのか?ん?っていう。
やー、こんなことを書いてもどうにもならんし、
読んでもらってもあれなのだけども、
ほんと何が起きたのかよくわからんので、書いておきます。
これだけ連絡手段が発達すると、
もう二度と会えないっていうのは、
ほんとうに、死別しかないんだなぁって、
で、死別っていうのはそうそう経験することじゃないから、
そりゃよくわからないよな、ってそう思います。
梅
※石橋に来て、2回目のお通夜でした。親戚でもなんでもなくて、ただ近所にいただけなのに、お通夜に行けるっていう関係は、私にとっては誇らしいものです。
その方とは、べつにそんなに強い関わりがあったわけじゃないんだけど、ほんとうに、ほんとうに正直にいえば、それでも、亡くなるってわかっていたなら、最後にもう一度だけでいいから言葉を交わしたかったなぁって、やっぱり思ってしまいます。