やどかり

昼のお星は目に見えぬ。見えぬけれどもあるんだよ、見えぬものでもあるんだよ。(金子みすゞ)

これ私の思いを代弁してくれてる、ってのがやっぱりうれしいから

このまえ酒屋さんで見つけてさ。
「問わず語らず名もなき焼酎」ってのを。
 
かっこいいなああああ。
なんかさ、焼酎とかとかはさ、孤高の雰囲気を感じさせる名前が似合うねえ。
 
そして、問わず語りってのも、なんか色気のあることばだなと思ったので、きょうはそんな感じで(いつもひとりごとだけどさ)
 
 
ものを書くということば私は好きで、ここで毎日文章を書いているのだけど、いつも思うわけです、
ものを書くっていうことにはいろんなフェーズがあるんだなあ、と。
 
それは、物書きとくくられる仕事のなかに、肩書きが無数にあることを見てもおわかりでしょう
(記者、ライター、文筆家、ジャーナリスト、小説家、作家、評論家、批評家、コラムニスト、エッセイストなどなど)
 
で、私がなに書いてるときがいちばん楽しいかなあと思って。
 
私はね、
目のまえに確実にあるんだけど、ことばが当てられてなくて、ぼやっとした状態のものに、適切なことばをあてて、すっきりと見える状態にすることが好きなんだなあと最近思っています。
 
要は、なんとなーく思ってたんだけど、そう言われてみればそうだ!って、自分でも思いたいし、読んでるひとにも思ってもらいたいってことかしら。
 
 
なんかねえ、ちょっと飛躍するんだけど、ひとはたぶん、正体の見えないものに苦しめられ続けてるっていうのが、いちばんしんどいのよ。
そういうしんどさからじぶんも誰かも解放したいという思いもある。
 
なんとなくあるように感じる風潮とか、無言の圧力とか、はっきりとは示されないけどあたりまえだとされていることとか、そういうものに違和感をおぼえて、いやだなってつらいなって思っても、その見えないぼやぼやが何かわからんと、わけがわからないのよね。
だからそのぼやぼやを見えるようにしたいのです。
 
つまり、なんか苦しいって状態から、ああ39度熱があるね、それは風邪が原因です、って状態にしたいということなのです。
 
ぼやぼやがわかっても、苦しみは変わらないのだけど、確実に楽になるからさ、そういうことをしたい。
 
 
そういうことをさ、書いたものに対していろんな感想をもらうなかで気付いたのです。
「思ってたことを言ってもらえてすっきりした」とか「私の考えてることがそのまま文章になってた」とか言われると、私はいちばんうれしくなるのよ。
 
 
んー。あー。
これ公開する意味あるんかなあ。わからんけども、まあいいや。アップしておこう。
 
 
うめざわ
※冒頭の酒屋さんのおつまみコーナーでこんなんも見つけた。
「豆:ガルバンゾー」
 
ぜったいぜったい、がんばるぞーって読んだひといるよね?いるよね?
へへーん違うぜ、ちゃーんと読んでみ?