やどかり

昼のお星は目に見えぬ。見えぬけれどもあるんだよ、見えぬものでもあるんだよ。(金子みすゞ)

さいきん思うことをメモしただけ

くたくたになるまで笑ったよ今日は。いい日だった。
 
疲れてるので、さいきん思うことを箇条書きで。
あくまで自分用。ほぼ、他の人に伝わるような翻訳をかけていないので、おもしろくないと思います。(忠告したからね)
 
では。以下。
 
・こんなこと言ったら私嫌われるんじゃないかな、おかしいって言われるんじゃないかなってことを言える関係性はよいな。根本からの信頼感がないとできないからね。
 
・たとえば、友だちの前でも、えらーい人の前でも、自分よりうーんと年下の人の前でも、おんなじ表情おんなじ振る舞いができる人がいる。これは、すごいこと。同じ自分でいる。周りに合わせようとしすぎないこと。ぶれない人。そういう人は、基本的に、そのままの自分でいい、それで大丈夫っていう自己肯定感がとても強い。
 
・何かに依存する、つまり、それがないと生きていけないということは、それに屈することでもある。たとえば、恋人であったり仕事であったりタバコであったりアルコールであったりするのだけれど。でも、負けてるってぜったい思いたくないから、なかなか依存ってのは自分では認められないね。
奴隷がいないと主人は生きていけない、つまり主人が奴隷に依存していて、逆に奴隷にしばられているということになるのだけれど、それはなかなか認められないよねという話。
 
・自分が、それをほんとうに欲しいのかって考えたほうがいいなあ。欲しいものは、けっこう見えづらくなってる場合があるぞ。
たとえば、給料のいい仕事とか、美男美女のパートナーとか、わりと皆が憧れているだろうと思い込みがちなわかりやすいものを、自分が欲しいんだって思い込んじゃう場合は多い。
わかりやすいものはわかりやすいから、いや、自分はそうじゃなくてこのネジを正確に作るのが生きがいなんです、つつましい暮らしでいいのです、っていうのは、見えにくくなる。
 
・知らないということが、ときに人を傷つける。存在を知らないということが、存在を認めないということとイコールになることがある。悪意をもって知らないでいるということは基本的に無理だから、知らないということは無邪気に知らないということなのだけれども、だからと言って傷つけたことが許されるわけじゃない。だから、知ろうと思う。できる限り。
 
・ほんとうは、先入観とか周りからの評価とか抜きにして、自分が好きなもんを好きって言えたら、いっちばん楽だし楽しい。けど、どーうしても、そういう世間の目というやつに負けがちだ。
 
 
ざくっとメモ。
ここ半年くらいのテーマは、自己肯定感というもの。
で、やっぱりさいきん思うのが、外界に対する信頼感が高い人は、圧倒的に強いわってこと。楽しく生きてけるね。
 

 

うめざわ
※できる限り、自分の言葉を翻訳せずにそのまんましゃべって、伝わるコミュニケーションがいちばん楽。