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やどかり

昼のお星は目に見えぬ。見えぬけれどもあるんだよ、見えぬものでもあるんだよ。(金子みすゞ)

意地でも輝け

舞台上には、文字どおり光輝く人たちがいる。非の打ちどころがない、という言葉の意味を体感できるような演技や歌と、たたずまいの圧倒的な美しさと貫禄。目の前にある徹底的に作り込まれた夢の世界、あまりの非現実感にぼおっとしながら、その非現実な人たちが目の前で歌ったり踊ったりしていることのさらなる非現実感にくらくらする。

舞台のどまんなか、ひとり立つ人がいる。身ひとつで何千の目と対峙して、その目たちを眩ませることができる人。自分のまなざしひとつで、客席中に息をのませることができると知っている人。
どうやったらそんなことができるようになるのか。どうしたら類いまれなる肉体に、類いまれなる技術がつくのだろうか、それはどれくらいの確率で生み出されるものなんだろうか。そんなことを考えると、とんでもない犠牲のなかから作り上げられた光なんだとそう思って身震いする。
あのスポットライトをめぐって、どれだけの人が散っていったのか。努力したって報われるような世界ではないはずだ。舞台映えする長身や整った顔は、がんばったって手に入るものではない。どまんなかに君臨するために、まずはくじ引きで大当たりをひく必要がある。そのうえで技術を磨く。それも他を凌駕するような圧倒的なレベルまで。そこにいたるまでに捧げられた時間は、どれだけのものなのか。選ばれた人の背後には、選ばれなかった膨大な人たちの影がある。ぞっとするうしろぐらさがぴったり張りついた輝き。犠牲にしたものの大きさを想像すればするほど、その人たちは輝いて見える。そしてきっと、その犠牲のぶんだけ、意地でも輝いていないといけない人たちなんだ。

 

「幸せになる人間は、 思い切り傲慢に幸せそうな顔をするもんだ。それが礼儀ってもんじゃないか」(山本文緒『ブラック・ティー』角川文庫、p.59)

 うめざわ