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やどかり

昼のお星は目に見えぬ。見えぬけれどもあるんだよ、見えぬものでもあるんだよ。(金子みすゞ)

しゃべるも聞くも、適切な分量で

多すぎず、少なすぎす、適度な分量でしゃべる。これができたときとっても気持ちいい。1対1での会話がわかりやすいけど、聞き手・話し手の立場が固定しないまま、聞くとしゃべるのあいだをゆれうごいているといい気分なんだ。ただ、それがいつもできるわけじゃない。たいていは、どうしてもしゃべりすぎたり、黙りすぎたりするんだ。

なんでできないのかなーって考えてたら、世紀の大発見がふってきた。超ユリイカ!なにを見つけたかって、「相手を管理したい」気持ちだ。

しゃべったり、聞くことで、管理したいわけ。相手をね。聞いて話すということがものすごくストレスになる場面って、叱り叱られるときだと思うんだがそれを考えるとよくわかる。

叱っている側は、叱ることで相手の態度や行動を変えさせたいわけ。だって、親や先生が叱るのをやめるタイミングは、叱られている人がしおらしく「ごめんなさい」と言ったときだ。だから、相手に「反省の色」を見せるまで、つまり態度を変えるまでしゃべりつづける。

それに対して、叱られている場合、多くの場合、憮然とした顔で黙ったままでいる。これはべつに何も言いたいことがないわけではなくて、「すなおに反省したふりはできないけれど、とりあえずさっさと叱るのやめてほしいから聞くふりはしとく」って態度だと思うのね。こっちも、叱る人が叱るという行動をやめさせようと黙りつづける。

お互いに相手を自分の都合のいいように変えようとしてるんだから、そりゃうまくいかないわ。
自分のことをわかってほしいという勝手な思いで、自分のことをまくしたてたり、自分のことを気に入ってもらうために、やたらと同意したり褒めたり、そういうことあるなあ。とっても単純に言ったら、相手がどうしたいかを無視しちゃうことか。

つまり、ちゃんと話せたなあって感じるのは、相手のことを尊重できたとき、か。ん、なんか、とても平凡な地点に着地した。あれ世紀の大発見は?

 

うめざわ

※いや、すっごいつまらないけれど、ほんと相手のことを尊重するとか、わかったふりしないとか、聞くとか待つとか、やるのすごくたいへんよ。しかも、相手を誤解するとかふみにじるとか先回りするとか、自分がしてるのに気づかないこともとっても多いんだ。

理解できる範囲に押し込めて「理解した」って言うな|女と結婚した女だけど質問ある?|牧村朝子|cakes(ケイクス)