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やどかり

昼のお星は目に見えぬ。見えぬけれどもあるんだよ、見えぬものでもあるんだよ。(金子みすゞ)

たい焼きが大好きだという作文

たい焼きは完璧だ。どう考えても、ふだんのおやつにはあったかいたい焼きがいい。気安さと必然性と非日常感の奇跡的なバランス、完璧です。

まずさ、手でつかんでかじれる。いいよね。ふだんのおやつだもん、ナイフとフォークでしずしず、もしくは黒文字とお煎茶でしっとり、なんてやってられないわけ。紙の袋に軽く入れてもらって、おうちでこたつにあたってコート着たまま食べるもよし、お行儀悪く歩きながら寒い道をはふはふ言わせてかじるもよし。気取らない付き合いができる。なにより安いしね。これだけで満点つけてあげてもいいくらいだ。

じゃあ、かじれるのはなんでか考えよう。そう、そのとおり、あんこを皮で包んで焼いてるからだ。物分かりがいいねえ。そうなんだよ、ここが大事。焼いてあるんです。熱いのをあちあち言いながら食べる、これはね人間が火を使い始めてから我々の体内に眠っている根源的な喜びなわけ。あったかいのを食べるのが幸せなんですぼくらはね。そう決まってるの。おまんじゅうもどら焼きも、ぬくもりがないでしょう、だからちょいと違う。しかも、あんこだけじゃなくて小麦粉の生地がずっしりあるから、お腹も満たされる。熱々を食べられるうえに、お腹も満たせる。ほらきた、皮の必然性がここにある。

なら、大判焼きでもいいじゃない、あらあらそんな声が聞こえてきました。関西では御座候といえばとおりがいいでしょうか、私は今川焼きとずっと呼んでおりましたが、あれです、丸い生地にあんこが入って焼かれてるものです。あれでもいいじゃないかって? 何をおっしゃいますか、あれじゃだめなんです。遊びがないからです。

考えてみてくださいな、たい焼きがどうして魚の形をしているか。歴史を遡れば、庶民がなかなか食べられなかった鯛、その形だけでも真似してありがたいおやつにしたのがたい焼きなわけです(ウィキペディアによるとね) ね、ここには庶民の夢や希望があるじゃないですか。あとこれは結構大事だと思うんですが、自分ちじゃ作れないんです。型がないから。どら焼きならできる気がするけど、たい焼きはね無理。あんなに単純なものでも家じゃ作れないんですよ。だから外で買うしかなくて、それが非日常感を盛り立てているわけです。おやつには、ほら、心浮き立つものが欲しいじゃないですか。ただ甘いだけじゃなく、心にもなにかスイートなウキウキをもたらしてほしいじゃないですか。むかしの庶民にとっても鯛がハレのものであったように、今の我々にとってもたい焼きはハレのおやつであり続けるわけです。なのに気安く付き合える。安い。熱い。腹持ちもいい。完璧。どうだ。
と思ったら、クックパッドでみんなたい焼き作ってた。ひとつのレシピでつくれぽ400もある。みんなたい焼き専用の型もってるのね……。ここまで書いてきてあれだけど、そんなにたい焼き、食べる……?

 

うめざわ

※えっと、2年前も同じこと言ってた。>>完璧 - やどかり

※でもね、さいきん思ったの。このきもち、たい焼きが好きというより、駅前によくある鳴門鯛焼本舗が好きなだけなんじゃないかって……駅前で私の帰りをいつも待っててくれて、ひとりで寒い帰り道、私をあっためてくれるんだもの……ああ都合がいいから愛しているだけかもしれなンッ…!(口に飛び込んでくるたい焼き(鳴門金時あん))