やどかり

昼のお星は目に見えぬ。見えぬけれどもあるんだよ、見えぬものでもあるんだよ。(金子みすゞ)

今日はぼんやり

イメージはググってもでてこない。そのくせ、みんなに共有されてる。言語化されずにぼわっと漂う霧のようなものを、網ですくって少しずつ言葉のラベルを張ってゆく。

 

うめざわ

 

ここでしばらくほっといて

いいもの読んだ。そう、ほっとくことが今むつかしくなってる。ほっとくことは怠けること、ほっとくことは責任放棄、ほっといてだめになったら自己責任。

でもさ、さわりすぎてない? コントロールしすぎてない? 自分でぜんぶしようとしてない? 土に手を突っ込んだって芽を引っ張ってこられるわけじゃなし。ただただ黙って水やることが最善だってそういうことはあるわけで。

最近、頭をよく駆け巡る言葉に、「ここでしばらく、ほっといてください」という言葉がある。おそらくずいぶん前に、料理番組で料理を指導している女性の方が、言っていたような記憶がある。その時は、特に何も感じなかったのだけど、不思議とこの「ここでしばらく、ほっといてください」という言葉をよく思い浮かべるのだ。
 僕たちは、生活や仕事の中で、色々な計画をしたり、進んだり、引き戻したりするわけだけど、「こねくり回しすぎている。さわり過ぎている」ということが、意外と多い。

 「ほっとくべき、もの」は、僕たちの周りにはきっともっと多い。ほっておけば、人生におけるチーズやヨーグルトになり得る大切な存在が、その前に空気に触れてしまったり、雑菌を入れてしまっていることが僕自身は結構ある。

 みなさんも、あえて「ほっとく」ものって、もっとあるかもしれない。

ほっとく、減らす、あるといったほうが近い存在 | みんなのミシマガジン

 

うめざわ

※育てるって待つことだ。冬にイチゴの苗を植えて、春先にぐんぐん育って花が咲き、五月晴れの空のもと小さい実がつき、それが熟れという過程を見ててわかったこと。

ごーにゃんにゃん

今日はねこの日。えへへへへ。Happy Cat Day!22日!にゃんにゃん!てことで昔のねこ記事発掘。

 

うめざわ

※私いいこと言ってるわ。そうだよ、猫の手は触るためにある。借りたって意味ない。

猫の手なんて触るだけでいいよ - やどかり(2013/9/13)

※あとこれも。魔法のことば「にゃんころもち」 これめっちゃ気に入った。

猫の日おめでとう - やどかり(2018/2/22)

※ああ、よかった。「世界・ねこを抱きしめようの日」を過ぎちゃうまえに思い出した。HUG YOUR CAT DAYは6月4日。

HUG YOUR CAT! - やどかり(2017/6/7)

今日も猫

 

 仕事をしていて寝るのが遅くなり、家族が寝静まった真っ暗な寝室のベッドにすべりこむ。猫がやってきて、私の腕に乗り、ごろごろいいながら私の手にその小さな手を重ねてくる。
 そしてそのままのかっこうでひとつの枕でいっしょに寝てしまう。それはいつものことだった。
 その夜、いつも夜中に目を覚まさない私がなぜかふっと目を覚ました。目の前がまぶしかったからだ。猫のごろごろ音はまだ続いていた。そして猫は光っていた。
 (中略)
 あんなふうにきっと猫はたまに深夜に光って自らとまわりを癒やしているのだろうと思う。
 猫と手をつないで同じ枕で寝ることができるなんて、お話の中だけだと子どもの頃思っていた。でも毎日そんなふうに奇跡が起きている。猫が光ることを知らないであるいは知っていてみんな小さな奇跡をたくさんもって生きている。

 

吉本ばなな「夜中の猫」より
キノブックス『猫なんて! 作家と猫をめぐる47話』

 

うめざわ

※いま生きているということの奇跡を、ねこに託してこんなに綺麗に神秘的に描いてくれるなんて。見開き2ページだけの超短編、このなかに『キッチン』がぜんぶ詰まってる。これが読めてほんとうにうれしい。 私だって今日もねこと手をつないで同じ枕で静かに眠る。これ以上の平和と幸せはない。おやすみなさい。

 

ドヤ顔が透けて見える

・海のミルク、森のバター。

味ある表現だけれども、食べたくなるかは別問題。

 

・まじめな話、みじめになるのが近道です。

英語学習用レコーダーの広告にこんなかんじのコピーがある。「まじめ」と「みじめ」を掛けてみたよ、「まじめ」じゃなくって「みじめ」のほうが大事なんだよびっくりしたでしょドヤッ、って書いた人の意図はがんがん伝わる。なるほどなあとは思う。けど、けど、けど、広告としたら不適切だと思うわけ。だって、みじめな気持ちを味わうために商品買う人いる?

 

うめざわ

※表現を追求して、効果への意識が飛んじゃうのはよくある話

今日はちょりーっす

やばたにえん。了解道中膝栗毛。最近覚えた。ゴロ良すぎる。好きすぎる。

 

うめざわ

※強調の意味で「〜すぎる」と表現するのも、無意識に出てくるくらい定番化したね。うっかり使うと勝手に恥ずかしくなる。なんでだ。

※で、チョリーッスってなんだ?

主観のきらめき

なんども言うけど、ドコノコという犬猫専用インスタには100%の幸せがごろごろと落ちてるの。その理由をドコノコ開発者の糸井さんが書いててくれた。そうそう。「うちのコがいちばんかわいい」となんのためらいもなく言える場所だからなんだな。

犬や猫のことでの集まりって、どうしていつも気楽でたのしいんだろうと考えていたのですが、ひとつには、みんなが「うちのこはかわいい」と本気で思っているせいがあるな、と。ちっちゃいコも、でっかいコも、赤ちゃんのコも、年寄りのコも、ハンサムなコも、おブスなコも、やんちゃなコも、おとなしいコも、白いコも、黒いコも、茶色いコも、ぶちのコも、病気のコも、元気なコも、社交的なコも、引っ込み思案なコも、飼い主というか、親というか、家族の目からは、みんな「ほんとにかわいくてしょうがない」。そういう気持ちがチカチカとキラキラと、満点の星のように輝いているんですよね。 

客観的にどうだとか、比べてどうだとかじゃないんです。どっちがかわいいとかいう考えを忘れて、「うちのコがいちばんかわいい」という主観を、素直に表現できるのが気持ちいいのです。そういえば、「主観(じぶんの思い)」を持つことを、いまの世の中、ずいぶん遠慮しあってるなぁと思います。他の人はどう考えるのか、他の人はどう思うのだろうか。なにか感じたり思ったりするたびに、じぶんの主観を、他の人たちの考えとすり合わせている。そういう息苦しさを、がまんしているんですよね。そんな時代に、犬や猫のことは主観のままでいられる。たのしいに決まってますよね、ありがとうございました!

ほぼ日 今日のダーリン 2018/5/16より引用)

 

うめざわ
※けども一方で、

ペットって、飼ってる人からしたら家族みたいな存在だけど、まわりから見たらあくまで「嗜好品」みたいなものだから(下記記事より引用)

飼ってない人には共感が難しいのかもしれない。

この記事では、「彼氏と別れたいけど、彼氏の飼ってる子猫と離れるのはつらくて踏み切れない」という悩みが紹介されていてね……

恋愛や結婚で意外に無視できない「第三者」の存在|桃山商事の恋バカ日誌|森田雄飛(桃山商事)/清田隆之(桃山商事)|cakes(ケイクス)

※あああああああああかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいい(感情決壊)

そんなに見つめられると、照れちゃうな|気になるあの娘|青山裕企|cakes(ケイクス)