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やどかり

昼のお星は目に見えぬ。見えぬけれどもあるんだよ、見えぬものでもあるんだよ。(金子みすゞ)

悩める人の首を落とせるか

私が読み返したいもの
ぜいたくな悩み、ってことばほど、ひとを苦しめているものはないなあと思う。
 
ぜいたくな悩みだね、っていわれて、ああそうだねぜいたくだから悩むのやめようって思えるかいな。
そうやって思えるくらいなら悩んでないわい。
ぜいたくだろうがなんだろうが、悩みだから悩むんやないかい。
ほんま腹立つことばじゃのう。憤怒。
 
 
たとえばだ。考えてみよう。
金持ちのぼんぼんからこう言われたとする。
「家の財産が多すぎて、相続するのがつらい。不動産も株もある。しんどい。どうしよう。」
 
こう言われたら、あなたはどう答えるか。
 
たぶんねえ、たいがい、以下の3つのどれかにあてはまる気がするんだよな。
 
 
1、お金あるんだからいいじゃない、うちなんて貧乏でさ(励ますふりして、自分の苦労話にもっていく)
2、日本にもね、生活保護受けてるひとがいるんだから、恵まれた環境に感謝しなきゃ(一般論をもちだして説教する)
3、金持ちはわけわからんことで悩むんだねえ。やっぱりぼくみたいな庶民とは違うわ〜(理解しようとせず、即座に軽蔑する)
 
 
これで話を聞いた気分になっているひとが、とんでもなく多い。
ちゃいまっせ、にいちゃん。
耳かっぽじってよう聞けや。
 
 
3はね、悪意と卑屈さに満ちているから、まあこういうこと言うひとからは、さーっと離れていけばよい。
 
のだが。
問題は、1と2のような対応をするひとだ。
 
1も2もね、悪意はないんだよ。きっと。悩んでるひとを励ましたいと思ってるのさ。
 
でもなあ、その姿勢は、ときにひとを深く傷つけるから、それを知っておいたほうがいいと思う。
 
だってさ、両者の共通するのは「苦しむな」ってメッセージだから。
…ええとわかりにくいな。
 
そりゃね、目のまえでね、苦しんでるひとがいたら、いやだよ、やっぱり。
だから、悩みを打ち明けられると、苦しまないで!って思っちゃうわけ。
だから、「そんなことで悩むなよ!」って励まそうとしちゃうんだけど、これはね、余計ひとを苦しめる。
 
なんでかって、そう言われると、「あれ、私悩んじゃいけないのかな?」「こんなことで悩んでる私おかしいのかな?」って思っちゃうから。
 
いったん「自分はおかしいのかもしれない」って思ったら、もう次から誰にも相談できなくなって、結局ひとりでその問題を抱え込むことしかできなくなっちゃううえに、
「こんなことで悩む自分は異常なんだ」っていう新しい悩みが付加されるから。
 
 
ほんと、これだけ苦しめといて、いいアドバイスしたった♪るんるん♪って思ってる輩がやっぱりいるんだよ。ったくもう。ぎゃああ。罪深き者よのう。憤怒。(ふんぬ、ってやっぱかわいよね)
 
 
…それた。
えっと、そう。
 
さいきん思うのだ。
悩みを抱えるひとにとっては、腕のいい介錯人になるのがいちばんいいんじゃないかなーって。
 
つらいのに、「ぜいたくな悩み」だから苦しんじゃいけないいけないと思って余計に苦しんでるひとにさ、「苦しんでいいんだよ」って伝えて、バスっと首切るようなことが必要じゃないかと思ってるのだ。
 
腹に刀を突き立たまま長く苦しむのと、首切られて即死するのとどっちがいいかって話なんだけども、首を切ってあげたほうがいいことも結構ある。
まーあ、親しいひとの首なんかふつう切れないんだけど。
そして、それは腕がよくないと逆に猛烈に苦しめるだけなんだけど。
 
心理的に難しいのも、技術的にも難しいのもわかってるんだけど、それでも、苦しみを最小限にするためには、腕の立つ介錯人がいちばん必要とされてる気がする。
 
うめざわ
 
※私のさいきんの悩みは、自由すぎて時間がありすぎて、何をしていいかわからないことです。
 
※って言ったらさ、ほらね、どうしたって、ぜいたくな悩みだって思っちゃうでしょ?そしてこれ、たとえばの話ね…