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やどかり

昼のお星は目に見えぬ。見えぬけれどもあるんだよ、見えぬものでもあるんだよ。(金子みすゞ)

フェイスブックはみんな「友達」だけど

近くのスーパーにて、よく遊ぶ近所の10歳の女の子と遭遇。

お使い中のご様子。

レジでおばちゃんと談笑する彼女。

そのうしろに私。

私の会計中、彼女は「この人おねえさんじゃないよ、ともだち!」とレジのおばちゃんに紹介してくれました。

 

やーうれしかったのよ。

だって年が離れてる人に、なんのてらいもなく「ともだち!」と言ってもらえることってあんまないと思うのよね。

だいたいさ、仲が良い人でも、ともだち!って言い切れるないことのほうが多い気がするのよね。同学年、同期しか友だちって言っちゃいけない気がして。

 

小学校まではみんな友だちだった気がするんだ。学年違ってもさ。

中学以降かしら、1学年違うだけで友だちとは呼べなくなっちゃうのよねー。

でもさあ、年離れてても友だちって言えたらやっぱりなんかうれしーなーと思ってさー。

 

アメリカに行ったときに感激したのは、通りすがりのおじさんが雪の中私のためにタクシーつかまえようと奔走してくれたとき、「マイフレンドが困ってるんだ!」って説明しててくれたことなのよねー。いま会ったばっかだけど、マイフレンド!

そういうの、ああいいなあと思ったの。

知り合いのおじさんとか、近所のおばちゃんとか、仲の良い後輩、とか親しい先輩とかじゃなくて、みーんなひっくるめてアミーゴ!みたいなそういうの、ちょっと憧れますね。

 

うめざわ

※だがしかし「ともだち100にんできるかな」って歌を幼少期に歌わせる行為はずいぶん罪深いと思うぜ。ただでさえみんなの輪のなかにいる人がうらやましいのに、あんなのすり込まれたらますます友だち少ないことで気を病んじゃうと思うんだけどなあ。