いたい悩みと、かゆい痛み
悩みには、痛いやつと、かゆいやつがあるんだなあと思った。
痛いやつはわかりやすい。
ああそれは苦しいだろうなあつらいなあってするりと感情移入できるやつ。
誰かに傷つけられたとか、身近な人が病気だとか、何かに失敗したとか。
いろんな痛みがあるけど、痛みは対処法があるのよたいがい。殴られたら湿布貼って、切られたら傷縫って、ってすれば、時間の経過でだいぶ痛みは引くのだ。痛みは和らぐ。
でもねえ、かゆい悩みってのもあるわけだ。これが難しい。
傍から聞いてたら、えそんなことってばかにして笑っちゃうようなやつ。
いつも食べる食堂がまずいとか、電車が混んでるとか、隣の人の貧乏ゆすりが止まらないとか。
これはなあ。こういう悩みを聞いたときは、馬鹿にしがちなのよね。
そんなの些細なことじゃんたいした悩みじゃないよだって食べるとこ変えたらいいじゃん空いてる時間に行けばいいじゃん貧乏揺すりやめてもらったらいいじゃん!
でもさあ、たぶんそうじゃない。
かゆいってさあ、ちょっと滑稽なんだけどさ、体のごく一部でもかなりの存在感なわけじゃない。しかも対処が難しい。掻いたら一瞬収まるけど、どんどん痒くなるから悪循環。最終的に皮膚がぼろぼろになる。
かゆさってさあ、持続するんだ。一瞬の強烈なかゆさ!って違うよね。ちくちくちくちく、ずーっとかゆい。
背中のぎりぎり手が届かないところが、一日中ずっとかゆかったら、たぶん人間それだけで発狂するよ。
隣の人の貧乏揺すりとか、滑稽だけど、そうとうきついよ。ほんとは我慢ならないんだけど、ぱっと見我慢できそうなことだから、我慢し続けようとしちゃうんだ。
そういうかゆい悩みを聞いたとき、我慢しろとか掻けばいいじゃんって言っちゃいけないよなあって思うわけ。かといって、対処法が示せないからどうしたらいいんだろう。原因不明の虫さされの腕をかきむしりながら書いている。
うめざわ
※雑居ビルに出てた看板「マイナス110度冷風ダイエット」
壊死した部分をこそげとって、はい痩せました、以外想像できない