やどかり

昼のお星は目に見えぬ。見えぬけれどもあるんだよ、見えぬものでもあるんだよ。(金子みすゞ)

普通は嫌ですか

最近のテーマは、普通でもいいじゃない、だ。

 

いままで、私は、普通であることをとにかく毛嫌いし、馬鹿にしてきたんだと思う。

抜きんでることがとにかく大事で、「その他大勢」になることがひたすらに怖かった。

だから、無理してでも、人がしないようなことをしたり、人ができないようなことをできるようになったりしたのだ。

これができる私はすごい、つまり私は他とは違う、他とは違って優れているのだ、優れているから価値があるのだ、そうやって自分の価値を自分で確認していたのだけれども。

 

ほんとうは、そうじゃないんだろうなあって、今うすうす感じてきている。

そうじゃないというか、人と違うことが、すなわち人の価値になるわけでもなければ、人と同じに見えようが、その人の個性は消えるものではないということかしら。

自分が妙にこだわってた自分らしさみたいなものとか、今までの人生とか、そういう自分のアクセサリーをとって、無個性な制服をきたところで、今までの私っていうのは別になくなるわけじゃないってことかな。

 

なんつうか、あんたが馬鹿にしてきた「普通の人」って、馬鹿なあんたが馬鹿にするには百年早いってことよ。

最近はそんなことを考えている。難しいんだけど。

 

うめざわ

※世の中は1%の「すごい人」(ガンダム)ではなく 99%の「その他大勢」(ジム)が動かしている。

劣化する会社、上がらない給料――

不安すぎる将来のために、僕たちは「すごい人」(ガンダム)にならなければと考える。

グローバル人材、TOEIC900点、驚異のプレゼン、セルフブランディング……

あえて言おう、カスであると。

僕たちはガンダムにはなれない。 僕たちはジムなのだ。

量産型人材として生き抜いてきた著者による ニュータイプになれない僕たちのための希望のキャリア論!

常見陽平『僕たちはガンダムのジムである』より)