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やどかり

昼のお星は目に見えぬ。見えぬけれどもあるんだよ、見えぬものでもあるんだよ。(金子みすゞ)

録音されてる、って思うだけで

友人との実験。しゃべっているときにiPhoneをテーブルにおいて、録音ボタンを押してみた。さあどうなるか。想像つくと思うけれど、非常にしゃべりにくい。どうしてもさっきまでの話し方ができない。窮屈なまましゃべる。手遊びしたり、不自然に大げさに笑ったりしてしまう。20分ほど続ける。やはりずいぶん不自由だ。録音してるって意識した瞬間からしゃべりにくくなる。なんでだろうなあっていろいろ考えて。

 

・会話を誰かに聞かれるって思うからいやなの? いや、たぶんちがう。カフェにいる隣の人を気にしてしゃべることってあんまないもん。
・そしたら、「今・ここにいない人」に聞かれるのが不気味? それも違う、録音ボタン押した瞬間にそこまでは想像できないし。


・うーん。そういえば、突然カメラ向けられて、写真撮られるのもやだよなあ。
・てことは、「録音される」「撮影される」っていうその対象になるのがいやなのか? 録音する、撮影する、ならふつうにするもんなあ。

・ああ、そういえば、録音してるとき友人は「ラジオでしゃべってる人、ずっとこんなかんじなんかなあ」って言ってたけど、ラジオでしゃべるときは別に録音されてても気にならない。(そうそう私は一時期ラジオでしゃべってたんだ)

・わかったぞーー! ラジオはそもそも「聞かれる」前提でしゃべってるから、録音されることに抵抗はない。ふつうの会話は、会話している相手以外に「聞かれる」ことは想定してないから、それを「聞かれる」ものに仕立てられそうになるといやなんだ。
カフェでひとりでスマホ見てるおじさんは、私たちの話聞いてるとは思ってないから、気にせずしゃべれるんだ。途中で「あ、それちょっとちゃうわ」とか乱入されたら、不愉快だしこわい。

・たとえば、友だちと一緒にいるときに、「今写メ撮った、ほら」って不意打ちの顔を撮られたらめっちゃ嫌だけど、今日は私の結婚式!!ってときはバシャバシャ撮られてもたぶんぜんぜん構わない。これじゃないか? 

・「見せる」「聞かせる」前提なら、誰かが見たり聞いたりしてもいいけど、そうじゃない私の姿を勝手に見るな聞くな、って思うんではないかしら。一方的に「見られる」「聞かれる」っていうのは、対等な関係じゃなくて「見る」「聞く」ほうが立場が上な感じだから嫌なのかもな。

 

……あれ、すっごい考えたんだけど、なんかとってもふつうの結論。あれれれれ。もうちょっと言いたいことあったんだけどな……録音・撮影問題は、見る・見られるの関係だけじゃなくて、「残す」ってことも重要な要素なんだよな、そっちについては次書いてみる。

 

うめざわ

※「記録はイチローくんにまかせて、記憶はボクにまかせて」っていう新庄剛志の発言は、え、2003年? 13年前…?

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