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やどかり

昼のお星は目に見えぬ。見えぬけれどもあるんだよ、見えぬものでもあるんだよ。(金子みすゞ)

落語の感想、言いづらいな(立川談春・芝浜)

立川談春の独演会に行ってきた。よかった。

って書くの、とてもたいへんなんだ。わかるかい。
落語みたいな伝統芸能のすごい人の芸を見てなにか言うの、ためらわれる。私みたいなド素人なぞが感想言ってはいけない気がして。権威に怯えてるんだな。

けどま、怯えてて感想を残さないのももったいないので、ジャージみたいなの着て腕組みしながら劇場の椅子におさまっている通のおじさんたちに怒られないかびびりながらがんばって書くぞ。(わりとそういう人いた)

なんかね、徹底的に描きこまれた似顔絵みたいだなと思ったんです。

似顔絵っていろんないろんな種類があるじゃないですか。デフォルメしまくってそれさしく見せるカリカチュアっぽいのとか、美術館に掛かってそうなものものしい肖像画とか、ペンだけで描くのに妙に似てるマンガ風とかさ。

いろいろあるけど、立川談春さんのは、意地悪なぐらい描きこんであった気がしたのです。顔のシワとか歪みとか、肌のざらざらした感じとかニキビ跡とか容赦なく。だから、話を聞いていると、話のなかの人が身体をもってそこにいるような気がした。

「芝浜」をやるとのことだったので、YouTubeでいろんな人たちの芝浜を聞いていった。いちばん印象的だったのが、柳家小三治ので。この話を聞いていたら、なかに出てくる人が、もう、美しいの。匠のつくりあげた伝統工芸品みたいな完璧な美しさ。だから、心置きなく気持ちよく感動してしまった。でも、だからこそ、こんな人いるわけないなとも思う。あれかな、映画のなかの笠智衆原節子見てる感じかも。

けどだ、立川談春さんのを聞くと、そこらへんにいる生ものの人間を見た感じがした。顕微鏡で拡大した感情のうごきをきっちり見せてもらった感じ。かなしいです、うれしいです、ってそういうフリだけしたって、かなしいんだなうれしいんだなっていうのは伝わるんだけど、裸眼ではほとんど見えない「かなしいです」の構成要素をいっこいっこ並べてもらった感じ。いやとんでもないよ。圧倒的な凄みを感じました。(ここまで書いたけどどうもなあ、なんか自由に言えないなあ、だって落語家に「さん」付けて書くのも変だけど呼び捨てにするのも忍びないしうーん)

 

うめざわ

※これ読んでからずっと聞いてみたかったんだー 

赤めだか

赤めだか