レモン哀歌
きのう10月5日が、レモンの日だったようです。
高村光太郎の妻、智恵子の命日にちなんで。
「かなしく白くあかるい死の床」
「トパアズいろの香気」
「すずしく光るレモン」
感情を抑え、遠い日のことのように
淡々と語るような書きぶり。
そのぶん、そのときの感情が
瞬間凍結されているのがわかる気がする。
レモン哀歌
そんなにもあなたはレモンを待つてゐた
かなしく白くあかるい死の床で
わたしの手からとつた一つのレモンを
あなたのきれいな歯ががりりと噛んだ
トパアズいろの香気が立つ
その数滴の天のものなるレモンの汁は
ぱつとあなたの意識を正常にした
あなたの青く澄んだ眼がかすかに笑ふ
わたしの手を握るあなたの力の健康さよ
あなたの咽喉に嵐はあるが
かういふ命の瀬戸ぎはに
智恵子はもとの智恵子となり
生涯の愛を一瞬にかたむけた
それからひと時
昔山巓でしたやうな深呼吸を一つして
あなたの機関はそれなりに止まつた
写真の前に挿した桜の花かげに
すずしく光るレモンを今日も置かう
https://www.aozora.gr.jp/cards/001168/files/46669_25695.html
その最後の日、死ぬ数時間前に私が持つて行つたサンキストのレモンの一顆いつかを手にした彼女の喜も亦またこの一筋につながるものであつたらう。彼女はそのレモンに歯を立てて、すがしい香りと汁液とに身も心も洗はれてゐるやうに見えた。
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うめざわ