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やどかり

昼のお星は目に見えぬ。見えぬけれどもあるんだよ、見えぬものでもあるんだよ。(金子みすゞ)

成功者じゃなくて、それはただの金持ちだ

今日の違和感 私が読み返したいもの

 

「成功者」撲滅委員会をつくりたい。
 
や、これは、べつに、ご高名な経営者たちを抹殺したいとかそういうことではなくて、このことばを葬りたいだけのでご安心を。
 
もうさ、本屋のさ自己啓発の棚とか行くとさ、まあすごいわな、「僕はこうして成功した!」「成功者になるための100の方法」みたいなんばっかでさ。
おいおい、やめとくれよって思うのじゃ。
 
薄っぺらい自己啓発ほど有害なものはないと思ってるけど、それ以上に、「成功者」って言い方が気に食わん。
 
大企業で出世したり、起業して会社を大きくしたり、財テク(死語?)儲けたりすることが、人生の「成功」なのかい?
 
そいつらは、ただ、金をもっただけだろうが。
はっきり、金持ちって言えよ。
 
みんな、人生の成功は、お金をもつことだと信じてるのかいな。
そりゃ、単細胞すぎるだろうが。
 
たとえ、人格的に優れたりさ、偉大な発明をした人でもさ、金持ちにならなかったら、「成功者」とは言われないよねえ。
想像したらわかるよ、たとえば、「農業の成功者が語る!農家の秘密!」とかはないよね。あったとしても、それはきっとりんごの栽培方法とかであって、自己啓発の棚にある「成功者」の告白的なものとはぜったい違うよね。
 
 
もうさあ、ほんとにさあ、人を評価する基準が、その人のもってるお金によりすぎてるよ。まじで。
 
あんなあ、確かにね、たくさんのお金を儲けた人のなかには、いろんな努力をして、周りのひとにいいことをたくさんした素晴らしい人も多い思うよ。
 
でもさ、そればっかりとは限らないぜ?
賛否両論あるけどもさ、たとえば柳○さんとか渡○さんとかはさあ、どうなのよ?わたしゃあれはなんか違うと思うぞ。
 
たとえば、お米を作ってくれる農家さんだったり、街のパン屋さんだったり、新聞配達のお兄さんだったりさ、そういう人は確かに大企業の社長ほどはお金もっていないと思うけど、
だからといって、それが失敗した人生ってわけないでしょうが。
目立たないけど、本当に素敵な人、たっくさんの人に慕われてる人、そういう人だって、ちゃーーーんといるからね。わたしゃそういう人の方が好きだよ。
 
 
そりゃお金はあったら便利だから、金持ちになりたい人がいるのは当然だと思うし、そういう人が本を読んだり話を聞いたりして勉強するのはいいと思うんだけど、
でもはっきり認識しといたほうがいいだろうなってことはさ、べつにさ、それはさ、「人生の成功者」になる道ではないよってことだな。
ただの「金持ち」への道だ。
で、金持ちになったからといって、それが幸せと直結するわけでもない。
 
 
人生の成功ってことを何にするかによって、考え方は変わるけど、
自分が、お金をたくさん持ちたいだけなのか、それとも楽しく過ごしたいのか、人間性を高めたいのか、ちょっと考えてみたほうがいいんじゃないかな。
 
成功者=金持ち=幸せ=人格者じゃないからね。そんな単純じゃあないぜ。
 
うめざわ
※金持ちは、金を儲ける能力があったか、運が良かったか、ってただそれだけだからさ、そういう人がすごくて、そうじゃない人がすごくないなんてことは非常に馬鹿げておりますな。
金儲けの能力は、トマトを育てる能力とか、掃除をする能力とか、ビフィズス菌を研究する能力とか、そういうものと並列したものだと思うぜ。これも傾斜配点しすぎだよなあ